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母から教わった「さ・し・す・せ・そ」の調味料 —我が家に伝わるおせち料理—

2019/10/31 ゆるやかな時間の話 太田菜穂子

母から教わった「さ・し・す・せ・そ」の調味料 —我が家に伝わるおせち料理—

近年、まだ10月だというのに新年のおせち料理取り寄せの広告キャンペーンがやたらと賑わうようになりました。ついこの間、お正月を終えたばかりなのにもう?という感覚です。それだけ、時間の流れが経済に翻弄されながら加速しているようでなんとも落ち着きません。

一年の計は元旦にあり・・といわれながら、その一年はどうもいままでの

時間の長さではない気がしてなりません。

子供のころの大晦日の情景を我が家の台所にタイムスリップしてみると。。。。

子供のころ、大晦日が近くなるとどこの家庭でもそうだったように、我が家も日に日に気ぜわしくなったものです。

クリスマスが終わったばかりでまだツリーも片付けていないのに、世の中は突然、否応なしに正月気分に突入! 親からは、やれ大掃除の手伝いをしろだの、おせちの用意があるから早めに八百屋の御用聞きに正月野菜を頼んできてだの、何だかんだと女の私に言いつけてきて、外で遊んでいる兄たちを横目に不服だったことしか覚えていません。

もっと最悪なのは、母が一日台所でおせち料理を作るお手伝いをさせられたことです。家族5人分の野菜の洗いや皮むきは当時の人数からいったらさほど多くはないといえども、それでも幼い私には量が多くて大変でした。包丁の刃が親指にあたって指先の皮がギザギザにむけるは、削り節の刃にあたり指を切ってしまうは、もう泣きっ面に蜂でした。

けれど、今となっては、そんな一日を懐かしむようになったし、鰹節と昆布でとった出汁の湯気が立ち込めた台所の匂いは、はっきりと覚えています。

あの薄暗くて所狭い台所に立つ白い前掛け姿の母親から教わったおせち料理は、家庭をもってからもいかほど役にたったかわかりません。

お料理の一連の段取り、下ごしらえ、お出汁の取り方や調味料の入れる順番、台所のあとかたづけまで教わりました。お陰で今では人並みに手際よく料理をするし、料理が終わると同時に台所の整理もできています。 あんなに嫌々やっていたのに、結果オーライ。母に感謝しています。

「さ・し・す・せ・そ」の調味料

本格的におせち料理のお手伝いをさせられたのは、確か中学生の時だったと思います。女のくせに料理ぐらいできないと嫁にいけない、と親は脅したつもりだったでしょうけど、私は全く意に解しませんでした。(今そんなこと言ったら男女平等主義者からやり玉にあってしまいますね。)とにかく、やらない理由が見つからなかったのでやる羽目になったのですが。。。

母が待ち構える台所に行くと、まずは野菜の下ごしらえから始まりました。

一番手間がかかるのは、泥芋の洗いと皮むき、昆布巻き。大嫌いでした。

我が家は、イモ類は里芋とくわい。里芋の泥は落ちにくくて、皮むきはぬめりがあるから一歩間違えれば指を切ってしまう。そこで、布巾で包みながら皮むきをするようにと教わりました。そして芋のぬめりは塩でもんで少し落としてから調理。乾物の昆布は水を含ませ柔らかくなってから巻くようにと言われながら、早く終えたいものからまだ十分に戻りきらないうちに巻いて割れてしまう。我が家は磨きニシンを入れるのできっちり巻かないと中身が飛びでて始末に終えないのです。最後にかんぴょうで結ぶのもぶきっちょな私には一苦労でした。

煮物の下ごしらえがやっと終わると、母が煮汁を整えます。この出汁の味付けは、さすがに私にはやらせませんでした。何も大げさなことをしているようには見えなかったのですが、覚えているのは調味料は「さ・し・す・せ・そ」の順番に入れるということ。母の口癖でした。

今の若い人は、この順番をどれだけご存知でしょうか。

さ=砂糖、し=塩、す=酢、せ=醤油、そ=みそ のこと。

なぜこの順番かって? 学術的な答えはデジタル情報にお任せするとして、

母から教わった生き字引なる生活の知恵によると、砂糖は塩を先にいれる前に入れないと素材が固くなって味が染みないということ。そして塩気は一度いれたら薄まらないから味を見ながら少しずつ加減していれることと言われました。

「 す・せ・そ 」は香りづけだから、風味が損なわれないように料理の最後に味を整える感じでいれ、沸騰させないことといわれました。

本当に理にかなっています。

いつも正確な分量を言ってくれずに目分量だったけれど、母の味はいつなんどきも同じでした。加減しながらね。。。と言われただけ。

私の味覚は実践のみ、そうして鍛えられたと思います。

正月料理は誰のため?

おせち料理の由来は諸説がありますが、私はあんなにたくさんの煮物をいっぺんに作るのは、普段、忙しいお母さんが三が日ぐらいはゆっくり休めるように作り置きをするのだと信じていました。ですから、一日がかりの大仕事も三が日は食っちゃ寝するぞ!と思ってやり切ったし、最後の大好きな餅つきにつられて苦痛な時間を乗り越えたようなものです。ところが、三食同じ食材が三日三晩食卓にのるものだから飽きてしかたなかった。結局、貧乏性の母自身も時間を持て余して、冷蔵庫の残り物で別メニューが登場してましたっけ。

飽食の時代になって私の子育て中の正月料理は、育ち盛りの男の子二人でしたからせいぜい一日もてばいいくらい。三食目には、すぐに肉がいいだの、ラーメン食べに行くだの、言いたい放題。今では、24時間営業のコンビニもあるし、正月二日目にはスーパーだって開いてるくらいですから仕方のないことです。 

手間暇かけてこさえた我が家のおせち料理は、当時、大晦日に除夜の鐘を聞いて静かに新年を迎え、元旦の初詣をおえた家族親戚の為に用意した行事食でした。それぞれの家の味があったし、地方によって違う御雑煮を味わうのも楽しみでした。

便利さで得たもの失ったもの

あれから時代もたくさん変わっていきました。多くの女性が家庭をもっても仕事をするようになり、子育てにも夫婦分担で協力しあい、育メンパパも大奮闘です。最近では、私も近所のお店でおせち料理をお願いするようになりました。一人分のおせち料理をこさえるのも返って面倒になりました。

さすがに冷凍になって宅配されるものには抵抗あって、小さな和食屋ですが全て手づくりでりっぱな内容です。御重箱も持ち込まずに大晦日の指定時間に取りにいくだけです。プロの料理人がこさえるおせち料理は気品があって本当に美味しい。。。すっかりはまってしまいました。また、三が日に気楽に正月気分を味わいながら家庭の味を大切にしたおせちブッフェを振るまうレストランも利用しています。初詣の帰りに誰に気兼ねすることもなく思う存分、家族との時間を過ごすことができます。正月の過ごし方が変わりつつあるようですが、

その分、新年に清々しい気持ちで、一年の計を思うゆるやかな時間が持てるようになりました。

それでも、ときに、ささやかでも母から受け継いだ我が家の煮物が恋しくなります。なぜなら、おせち料理は私のためではなく家族が集まるときの行事食ととらえているだけに、手間ひまかけて家族の健康と幸せを願う母親としての調味料がなければならないように思っているからかもしれませんね。

共稼ぎの息子夫婦の家に重箱はなくても、少しでも伝統的な正月気分を味わってもらえたら嬉しいです。

食べることは生きること。。。  昔の人々が翌年の豊作と健康と幸せを願い、畑でとれた食材を神様に奉納した御節供(おせちく、おせつく)について私たちの営みを振り返るうえでいい機会だと思っています。 

P.S

レストラン1899お茶の水では、元旦から気楽に味わえるおせちブッフェを開催いたします。2020年のブッフェは、新号「令和」が万葉集から引用されたのにちなみ、「万葉集おせち3品」を含む23品を揃えました。

初詣の帰りに、またはご家族とのゆるやかな時間を過ごしながら心を込めた

三か日限定の大好評!1899のおせち料理をお召し上がりください。 

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