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日本最古のお茶~信楽の朝宮茶とタヌキの焼き物~|1899 CHACHACHA BLOG
日本最古のお茶~信楽の朝宮茶とタヌキの焼き物~
皆さんは信楽(しがらき)をご存知ですか?
私の手元には今「朝宮茶」というお茶があるのですが、なんとこのお茶、あの信楽で栽培されているお茶なのだとか。
幼少時代を関西で過ごした私にとっての信楽は、家族旅行の思い出が沢山ある場所です。
度々父の運転する車で信楽を訪れては、車窓からタヌキの数を数えていました。
「タヌキ?」「なんだそれ?」知らない方にはよくわからない話だと思います。
信楽は焼き物、信楽焼で有名なのですが、その焼き物でできたタヌキが町中に沢山あることで強烈に私の記憶に残っています。
私は知りませんでしたが、そんな焼き物の町信楽は、日本最古のお茶の名産地としても有名なのだとか!
今回はそんな信楽の魅力についてお話ししたいと思います。
日本最古の銘茶
まず初めに、皆さんは信楽がどこにあるかご存知でしょうか。
信楽とは、住所としては滋賀県甲賀市。日本一大きな湖、琵琶湖のある滋賀県の中でも南部で、京都や奈良、三重に近い場所に位置しています。
そんな信楽のお茶は「朝宮茶」というお茶です。滋賀県のお茶「近江茶」のひとつで、その栽培の歴史は全国でも最も古く、今から1200年前の奈良時代、最澄(さいちょう)が遣唐使として渡った中国から持ち帰ったお茶を、朝宮の地に植えたのが始まりとされています。最澄は一番最初に中国から日本にお茶を持ち込んだ人物とされており、朝宮茶は「日本最古の銘茶」とも言われているのです。
西暦815年には朝宮茶が朝廷に献上されていたそうで、その歴史は1200年以上ということになります。
朝宮茶茶畑写真。甲賀市HPより
日本5大銘茶の一つ、「朝宮茶」
もちろん歴史が長いだけではありません。朝宮茶は日本の5大銘茶のひとつにも数えられています。昼夜の寒暖差が大きな標高300から450mの山間傾斜地で栽培されることで、独特の香気と滋味を醸し出し、全国から高い評価を受けているそうです。
ただ、機械など導入できない山間傾斜地である為、限られた量しか生産できない高級茶になっています。全国で高い評価を受けていて、茶品評会煎茶の部で何度も農林水産大臣賞を受賞しているそうです。
俳句で有名なあの松尾芭蕉も何回となく朝宮を訪れているそうで、「木がくれて茶摘みも聞くやほととぎす」と句を詠んでいるのだとか。
実際に朝宮茶を飲んでみたのですが、優しく上品で口当たりが良く、旨味も口の中に広がってしっかりとした味わいがありました。香りや風味も特徴的で、普段飲んでいる普通の煎茶とは全く別物だなと感じました。
タヌキの絵がある場所が甲賀市信楽のあるあたり。琵琶湖の南に位置しています。
良いお茶と良い焼き物の秘密は土にあり
ではなぜ日本最初のお茶作りにこの地が選ばれたのでしょう?
理由の一つは「土」にあったのではないでしょうか。
実は朝宮茶の栽培されているこの信楽は、古代琵琶湖があった場所であるとされています。
現在の琵琶湖は信楽の北に位置していますが、数百万年前はさらに南の三重県伊賀市あたりにできた湖でそれが地殻変動等でだんだん北に移動したそうです。つまり、信楽を含めた一体はかつて琵琶湖の湖底にあったのです。そのためその土には多くのミネラルが多く含まれており、これが旨味がしっかりとした茶葉を育てると言われています。
この土は、同じく信楽の特産品である焼き物にも活かされています。古代琵琶湖層の土は耐火性に優れているそうで、様々な種類の焼き物を作るのに適しているのだとか。信楽焼ではそんな土を活かして人よりも大きい巨大な物から、手のひらサイズの小物にいたるまで本当に色々な物が作られています。
もちろん焼き物も歴史が古く、鎌倉時代くらいまで遡るのだそう。中世から現在まで生産が続く代表的な6つの産地「日本六古窯」にも数えられています。
信楽焼の登り窯。一番下の焚き口から薪をくべ、炎が上へと登っていくのだそう。
焼き物の町、信楽のタヌキ
冒頭での「車窓から数えた」という話の通りに、信楽には町中いたるところにタヌキの焼き物があります。それは焼き物のお店の店先だけでなく、焼き物とは関係のない全く別のお店から普通の民家まで、どこを見渡しても焼き物の置物が飾られています。大小姿形は様々で、それはもう数えきれないほどなのです。なぜタヌキが沢山飾られているのでしょうか。
それは、1951年(昭和26年)に昭和天皇が信楽町へ行幸(天皇が外出すること)の際に、たくさんの信楽焼のタヌキに日の丸の小旗を持たせ沿道に設置したことが始まりなのだそう。昭和天皇がこれを大変気に入ったとマスコミが報じた事で信楽焼のタヌキは一気に有名になったそうです。
タヌキの焼き物は「他(た)抜き(ぬき)」=「他を抜く」という意味に通じるとして「商売繁盛」の意味がある縁起物とされているのだそう。
ちなみに我が家には信楽土産に買った小さなふくろうの焼き物がありましたが、こちらも「不苦労(ふくろう)」の意味が込められた縁起物だそうです。
当時はそんな意味を知らずに置いていましたが。
もちろん信楽焼はお茶の産地であることや京都に近いことを活かし、茶器の生産も盛んです。前回のブログでも書いた戦国武将の間でお茶が流行する安土桃山時代には、信楽焼の茶器も唐物・南蛮物と並び評価される程の品質の茶器が作られていました。
江戸時代には徳川将軍家に献上する茶壺に使用されるなど、古くから信楽焼は茶器としても活躍していました。
琵琶湖の恵みが良いお茶と良い焼き物を育てているんですね。
私もブログを書いていてまた信楽に行きたくなってきました。
皆さんもお茶を飲む時、その産地について調べてみませんか?