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1899と旅する季節の風物詩~ニューノーマル時代にこそ旧暦のある暮らしを。| 1899 CHACHACHA BLOG
2020/08/29 一服のお茶のような話 天心庵守のひとりごと
このお便りが皆様に届く頃は、旧暦の二十四節気では「処暑(しょしょ)」という節に入り、暑さが少しやわらぎ、朝夕には秋の気配が漂いはじめる時期になります。
今ではそのころの季節の移ろいとは変わっているのでしょうが、それでもこんなに私たちの生活が激変しているのに旬の野菜も魚介も、虫も草花も、静かに寄り添うように訪れています。
ニューノーマル時代に突入した今こそ、私たちは季節の移ろいをもっと繊細に感じ取り、季節の巡り合わせを慈しみながら心豊かにありたいものです。
夏の風物詩:水羊羹と故・向田邦子という作家
私の幼少時は、映画「ALWAYS三丁目の夕日」(2005年東宝配給)で描かれた昭和33年頃の下町の暮らしにありました。映画の中の東京タワーや上野駅、東京都電など走馬灯のように思い出します。 その頃の夏の暑さも心地悪かったけれど、“殺人的”までとはなかったように記憶しています。涼をとるにも、当時はルームクーラー(そう呼ばれていた)も多くの家にはありませんでしたから、我が家にとってはキンキンに冷えたスイカや水羊羹は夏の代表格の涼果でした。
爽やかにこさえた美味しい冷茶とともに。暑さで疲れた身体がほっと緩みます。
水羊羹といえば、ちょうど私が思春期の頃に崇拝していた作家・向田邦子が書いた「眠る盃」(講談社1979年初版発行)の一節にあるこの水羊羹の嗜みかたが忘れられません。水羊羹ごとき、ではないのです。こんな時期だからこそ、存分にこだわって過ごしてみたいものです。
(向田邦子著 [眠る盃]「水羊羹」より)
水羊羹の命はスパッと水を切ったらこうもなろうかという切口と手の切れそうなとがった角がなくてはなりません。水羊羹は、桜の葉っぱの座布団を敷いていますが、そのうす緑とうす墨色の取り合わせや香りの効用のほかに、水羊羹が崩れないように葉っぱの両端をもって器に移せる昔ながらの「おもんばかり」があるのです。
(向田邦子著 [眠る盃]「水羊羹」より)
心を静めて、香りの高い新茶を丁寧にいれます。私は水羊羹の季節になると白磁のそばちょくに京根来(ねこみ)の茶卓を出します。ライティングにも気を配ろうじゃありませんか。すだれ越しの自然光か、せめて昔風の、少し黄色っぽい電灯の下で味わいたいものです。ついでに言えば、クーラーよりも、窓をあけて、自然の空気、自然の風の中で。
私のお勧めの水羊羹は、氏が愛した東京青山にある菊家のものに限ります。その小豆の香りとなめらかさは菓匠と自称するだけのことはあるのです。この店の女将も、この水羊羹のように凛とした品のある立ち振る舞いで、先代からの暖簾を真摯に守り続けながら訪れる客を隔てなくもてなされています。
(菓匠 菊家の水羊羹)
桜の青葉が手に入る時期だけ創られる水羊羹。墨の書は、先代女将の筆書。暖簾の重みを感じることができます。
向田邦子は昭和の古い語彙を好んで使った作家でしたが、歯に衣着せぬ語り口なのに色っぽい隠れた優しさがにじみ出る文章に、心底、陶酔したものです。若くして非業の事故死をしなければ、もっと多くの素晴らしい作品を遺しただろうと私は思います。水羊羹は今でも私の夏の風物詩に外せない涼果に変わりはありません。
旧暦の暮らしを。心と体で感じる二十四節気 七十二候(にじゅうしせっき しちじゅうにこう)
どれだけの人たちが旧暦のことをご存知でしょうか。私とて古い暦を意識せずにここまで過ごしてきました。旧暦は明治初期まで日本の暮らしの中で長い間人々に親しまれてきた暦だそうですが、今こそ、自然回帰でもう一度目を向けてもいいかもしれません。
旧暦というのは、太陽暦(太陽を一周する時間の長さを一年と定める)と太陰暦(月の満ち欠けで月日を定める)を組み合わせたものだそうです。そして季節には、太陽暦一年を四等分した春夏秋冬のほかに、二十四等分した二十四節気やさらに細かく七十二等分した七十二候まで、昔の人はことこまやかに季節の移ろいを取り入れたそうです。
二十四節気は、茶道の茶杓「銘」によく使われているので、お茶を嗜むかたには馴染みがおありかもしれませんね。
七十二候は、花や鳥、草木や自然のできごとをそのままの名前にし、自然のリズムに寄り添いながら農耕を営んだ人々の農事暦ともされてきたそうです。
七十二候でいう今の時期の処暑(しょしょ)にある季節の名前の一例をご紹介しましょう。
⚫「天地始粛(てんちはじめてさむし)」
8月28日頃の候をさし、天地の暑さがようやくおさまり始めること。
⚫「禾乃登(こくものすなわちみのる)」
9月2日頃の候をさします。いよいよ稲が実り、穂を垂らすという時期。
禾は、ネギやノギとも読み、穀物を表す漢字です。
それぞれの名前から自然の情景が鮮明に浮かび繊細な季節感を汲み取ることができませんか。
外国の人たちからお褒めに預かる日本人の繊細な心情や描写は、こうした季節感のなかで育まれてきたのだと思います。
九月も目の前。二十四節気でいうと「白露(はくろ)」に移ります。
大気が冷えてきて露を結ぶ頃のこと、とあります。旧暦では、残暑もようやく終わり、本格的な秋が訪れてくるころなのです。
現代の気候によれば白露を感じるにはもう少し時間がかかるようですけれど、一足はやく秋の味覚や七草を楽しみにゆるやかな時間を過ごしながら、残暑の涼をとりたいと思っています。
秋を待つ「お茶とともに過ごすゆるやかな時間」には、そろそろ香り高い優しいほうじ茶が恋しくなるころです。 ほうじ茶には水羊羹に代って栗むし羊羹がお似合い。
旧暦の移ろいを感じながら秋の風物詩を思い巡らせ、一服のお茶をゆっくりと召し上がってみてはいかがでしょうか。
どうぞご自愛くださいますように。
一期一会
P.S.
9月1日よりレストラン、チャヤで新ドリンクメニューが登場です。
皆様のご来店をお待ちしております。
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